正直、草gくんはいいひと以外のなにものでもなくて、
そのキャラそのものが重宝されてるような抜擢なんだけど、
ホントにハマり役だった気がする。
小説、それもSFにこだわりがあって、
頭んなかは空想でいっぱい。
箱型の旧式なロボット大好きで
奥さんが声をかけても仕事中はぜんぜん気がつかないくせに
いないとわかると台所で膝抱えてる子供みたいなひと。
これがやたら似合ってた。
そのくせ、
こうと決めたらそこまでするのかっていう意思の強さと愛の深さがある。
最初のうちは
笑うと免疫力があがるからって言われて
なんとかして奥さんを笑わせたくて
一日一編の小説を始めるんだけど
・・・・ふつうそれ5年ちかくも続けられませんから。
気持ちあったってネタも切れますから。
それでも
生きててくれるのは薬のおかけで
僕のやってることはただ生きててほしいっていう
自分のエゴでしかないんだっていう。自分のためだっていう。
でもね、そんな人を好きになった奥さんは
彼の小説の大ファンで、
彼のことがほっとけなくて
小説を読みながら笑い転げながら
そのことに感謝して
1日でも長くこの人のそばにいたい、
生きていなくちゃって思ったと思うんだ。
やっぱり夫の書く小説は妻にとって生きる支えだったと思うんだよ。
でなきゃ、余命1年が5倍ちかく伸びるはずがないもの・・・。
・・・あのね、オチがわかってる映画だ。
感動作にはそういうシーンてある。
そういうセリフってある。
それにはまって泣いてる、それもあったんだけどね。
自分自身もうとっくに
人生の折り返し地点を過ぎてるからなおさら
自分は自分の大切なひとにそこまでできるのかなって
思ってた。
医者でも小説家でもない自分だったら
こんなときどうするんだろうって。
きっと誰にだって自分にしかできないことってあるんだ。
その人が一番喜ぶことを知ってる自分にしかできないこと。
また映画を離れた感想になってしまうんだけど。
余命をつきつけられたときに
何ができるのか
それが自分が病気になったときであれ
パートナーがそうなったときであれ。
長年つれそっていると
いることが当たり前で
してくれてることも当たり前で
いなくなるなんてこと考えてない、またそれも至極当たり前の感覚で。
でも病気じゃなくたってそういう日はいつかくるんだ。
感想は今書いてるけど
実は20日が自分の誕生日で21日が結婚記念日だった、25回目の。
映画は公開初日の15日に見てる。
年明け4日間夫婦ふたりで仙台へ旅行に行ってた。
誕生日は家族でケーキ食べて記念日はみんなでごはん食べにいった。
そんなことがずっとずっと続きますようにって
記念日だけじゃなくて
何もない日こそホントは大切に生きていかなきゃいけないんだろうなと。
妙にそういうことを考えてしまった映画でした・・・。
PS: 余命ものにしてはほっこりした作品だったのではないかと。
・・・余談ですが、小日向さんの「タコ星人」、
これもハマりすぎでした(爆)




